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2013年12月

なぜ人は芸術に興味を持つか

フィリップ:なぜ人は芸術に惹かれると思う?

ドリス:商売になるから?

フィリップ:違う。地上に残せる唯一の足跡だから

-映画「最強のふたり」より

大富豪で教養も豊かだが車椅子生活のフィリップと、

自由に動き回れるけれども、心も懐も寂しい黒人青年ドリスの会話

映画、音楽、小説

当の作者が亡くなった後でさえも

ずっと生き続ける芸術

Bench_2

 

生き続けるってどこに。

そうです こうして三月にいっぺんくらい書かれる謎のブログを読んでくださっているあなたの心に、です

昔、芥川龍之介サンが言ってました

自分が死んだ後も どっかの本屋に自分の本が

堆い埃にまみれながらも置いてあり

それをどっかの誰かさんが手にとって読んでくれたら

最高に幸せだなぁ、と。

何ていう本だったかなぁ

…<(_ _)>…検索中…

ありました! その名も「後世

時々私は20年の後、或は50年の後、或は更に100年の後、私の存在さへ知らない時代が来ると云ふ事を想像する。

その時私の作品集は、堆うづだかい埃に埋もれて、神田あたりの古本屋の棚の隅に、空しく読者を待つてゐる事であらう。

いや、事によつたらどこかの図書館に、たつた一冊残つた儘、無残な紙魚しみの餌となつて、文字さへ読めないやうに破れ果てゝゐるかも知れない。

しかし――
 私はしかしと思ふ。
 しかし誰かゞ偶然私の作品集を見つけ出して、その中の短い一篇を、或は其一篇の中の何行かを読むと云ふ事がないであらうか。

更に虫の好い望みを云へば、その一篇なり何行かなりが、私の知らない未来の読者に、多少にもせよ美しい夢を見せるといふ事がないであらうか。

 私は知己を百代の後に待たうとしてゐるものではない。

だから私はかう云ふ私の想像が、如何に私の信ずる所と矛盾してゐるかも承知してゐる。

 けれども私は猶想像する。落莫たる百代の後に当つて、私の作品集を手にすべき一人の読者のある事を。

さうしてその読者の心の前へ、朧げなりとも浮び上る私の蜃気楼のある事を。

Sunlight

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