本・詩

億男

人生に必要なもの

それは勇気と想像力と、ほんの少しのお金。

チャップリンが映画「ライムライト」に遺した台詞

ここにはひとつの隠された真実がある。

それはチャップリンがこの台詞を書く前に

年間67万ドル、今でいうと約9億円というほんの少し

ではない契約金を手にしていたということ

 Photo_2

本書では様々な事情で大金持ちになった人々の“その後”が描かれる

これを通して 人類が長年問い続けてきた

人はお金で幸せになれるのか?

という疑問に、真っ向から真摯に答えようとする

かつてソクラテスは言いました

金持ちが、そのお金をどのように使うか分かるまで

その人間を褒めてはいけない

最近は電車の中でこの本を読んでます

というより、この本を読むために電車に乗ってます

Index_2

主人公の一男は肩代わりした弟の借金を返済するために

昼間は図書館、夜はパン工場で働いている

そんな昼も夜もない生活の中、宝くじが当選し、突如として3億円もの大金を手にする。

本書が他の小説と違うのは、大金を手に入れるまでの物語ではなく

大金を手に入れた後の顛末に注目していること

一男は手に入れた3億円で借金を返済し、借金のために失った家族を取り戻そうとするが、3億円は唯一の親友と思っていた大金持ちに持ち逃げされてしまう

その親友というのが

Tsukumonokane

九十九(つくも)君。

成績優秀だけど、猫背でいつもおどおどしている

しかし落語の高座に上がると、人が変わったように流暢な噺を展開し

観る者すべてを魅了する

一男は何をやっても九十九に勝てず、

クラスメートからいつもからかわれていた

その度に九十九は一男を呼び出し、真剣な表情で言う

い、一がないと、ひゃ、百にはならないんだ

僕はひとりではち、チケットも取れないし、道に迷って演芸場にもたどり着けない。

大阪なんかにはぜ、絶対行けないし、

部室にだってひとりじゃいられない。

ぼ、僕らふたり揃って初めて百パーセント。パーフェクトになるんだ。

***

お互いに心から信用しあっていたはずの一男と九十九。

九十九は起業したベンチャーが成功し、今や総資産は150億円超

なぜ一男の3億円を持って行く必要があったのか

3億円は戻ってくるの?

その3億円で失った家族を買い戻せるの?

一男は九十九の友人たちを一人ずつ訪ね歩きながら、

お金と幸せの在り処を探ろうとする

お金と幸せの答えを教えてあげよう

この本に登場する様々な金持ちはみな、

かつては九十九の下でともに働き、ベンチャー企業を大きくした仲間である

彼らは自らの人生、つまり「金持ちのその後」を語ることを通して

お金と幸せの答えのヒントをくれる

本書から導き出した、わたくしなりのお金と幸せの答えは

まずお金自体には、実体がないということ

つまりお金は、ドーナツの穴のようなもの

愛や信用といった気持ちを表現するためのプレゼントや、

自分が心から欲するものと交換されたとき

初めて実体を有するものとなる

九十九の友人の一人である百瀬がいうには

お金には2種類ある。それは

入ってくる金と、出ていく金や

そんなの、あたりまえじゃないですか

そう、あたりまえや。でもキミらみたいな貧乏人は、入ってくる金と、出ていく金をまるで別物やとおもっとる。

 

だから目的もなくただ貯金してたかと思ったら、ある日突然浪費してみたりする。

金というのは入ってくるんと、出ていくんとを組み合わせて初めて意味が出てくる

!(・Дノ)ノ 今まで意味もなく貯金してた…orz

お金はしかるべき目的のために正しく使えば

また戻ってきてくれるということですね

でも、一度失ったら取り戻せないものがある

それは信用

Billy Joelも歌の中で言ってます

Honesty is such a lonely word.

誠実 なんて悲しい言葉

Everyone is so untrue.

誰もがみんな不誠実

~中略~

I don't want some pretty face to tell me pretty lies.

綺麗な嘘を吐く可愛い顔なんて要らない

All I want is someone to believe.

僕はただ信じられる人が欲しい

   music "Honesty" Written by Billy Joel, Translated by Kisara

クレジットカードの“クレジット”は

信用

この本は、紙切れを皆が「価値あるもの」と信じて使うことで

お金というシステムが成り立っていることを教えてくれる

皆さんのお金と幸せの答えを教えてください

   pen 川村元気著「億男」マガジンハウス、2014

|

愛するということ

人は何のために生きるのか

答えは割と簡単

人は、愛する技術を得るために日々を生きている

Flower_up

社会心理学者エーリッヒ・フロムの「愛するということ The Art of Loving」という本を紹介していた番組を見ていて思いついたんだけど

The art of loving 直訳すると“愛する技術”

フロムさんいわく、人を愛するには技術が要るらしい

愛というものは、その人の成熟の度合いに関わりなく誰もが簡単に浸れるような感情ではない、ということである

~中略~

自分の人格全体を発達させ、それが生産的な方向に向くよう、全力をあげて努力しないかぎり、人を愛そうとしてもかならず失敗する

愛についての誤解 by フロム

  • 愛することは簡単だが、自分にふさわしい相手をみつけることはむずかしい
  • どうすれば愛される人間になれるか、が重要

つまり愛とは、誰を愛すべきか、という対象の問題ではない

さらに、愛される問題でもないということ

でも、どうやったら愛する技術を身につけられるのか

という問いに対する答えは、番組にも本の中にも見つけられなかったので

自分で考えてみた

不器用ながらも人は人を愛していく中で

少しずつ愛されるようになっていき、

愛する技術の方も向上していくのかな

たぶん、このレベルまで向上すればOK、という到達点はないんだと思う

でもだからこそ、ようし、今度会ったときはこんなサプライズをしたらもっと喜んでくれるかな、と色々工夫するのかも

なんにせよ、愛する機会がまだある、ということは

幸せなことですね

それではまたpresent

|

人生は、だまし だまし

女の中の男らしさ、乙女が内包する残酷さなんかについてはもう色々と書いたから、

今日はいい男について書いてみよう

いい男とは、何だ?

Dining_room

ポール・シニャック<ダイニングルーム>1886-87

…こういうときは田辺聖子先生に訊いてみよう…

いい男とは、可愛げのある男である。

田辺聖子『人生は、だまし だまし』角川書店、2005

なるほど。でもアタイ、折れてばかりで可愛いだけの人ってあんまり好きじゃないんだけど。

 この<可愛げ>はちょっと説明が要るだろう。

男も女に劣らず、この人生を相渉るということは大変だが、(並べ方の順番が違うと文句をいう男性もあるべし)

それでもなぜか、人に好かれる男あり。

 それらを見るところ、あまり突出した主義信条、趣味嗜好に固執しない男のようである。

といって、なんでもかんでも融通して折れてしまうというのも魅力がない。男はそんなに円熟しなくてもよい。角熟でよい。

ウイスキーの銘柄にありそう

男の沽券というのがあるが、ときどき

それを出して見せたらよい。

定期券みたいなものだ。

私は<男の沽券定期券説>である。

必要な時だけコートの懐からスッと出して、

またサッと仕舞うわけですな、さすが田辺先生。

田辺先生はいい男の条件としてほどのよさ

も付け加えられています

ほどのよさとは

行動や思案の限界や汐どき、見当をつけること

であるそうです

これが結構難しいそうで…

はっ!そうなんです

いつも私の頭を悩ませること

それは記事を最後どう結ぶかということ

というか、最近良いオチがなかなか浮かびませんねん!

(弱音ダダ漏れ、というのも良い男の条件だそうですから許して~)

まぁそろそろこの記事も結びに入れということですな…

人生は、だまし だまし

まさに今この状況!

読者のみなさま、

こんな感じでだましだまし、愉しんで生きて参りましょうpresent

| | コメント (2)

男らしさは女の中にしかない

宝塚の女性たちがその美しさを保つために

戒めとしている25箇条、というのがあるそうです

こういうことをするとせっかくの美しさが損なわれてしまいますよ、というもの

Photo

1つだけ、え、これだめなの(@_@)?と思ったのが

なんでもないことに傷つく

という条

睫毛を伏せて涙ぐみながら、些細なことに打ちひしがれてる

というのがkisaraの美女のイメージだったんだけど。

そういえば、元医師で作家の渡辺淳一氏も

こんなことを言ってました

男はなんと律儀でナイーヴな性なのか。

それに比べて女性はなんと包容力があって、

曖昧で鈍感な性なのか。

渡辺淳一『鈍感力』集英社文庫、2010

個人差はあるかと思いますが

一般に女性は好き嫌いがはっきりしており、

言いたいときには言いたいことを、それこそ歯に衣着せぬ勢いで言ってしまう傾向があるそうです

あれ、でもそうだとすると女性は「曖昧な」性ではないですね

外的環境の刺激や痛みを、うまいこと曖昧に受け止めて

緩和するという意味かな

それに対して男性はグレーゾーンが多く、

小さな音などにも敏感に反応してしまう繊細さを

もっているんだとか。

なるほど、音楽家や画家といった芸術家たちは

この意味でいうと男らしいのか。

渡辺氏曰く、女性の体は出産などの痛みや

出血に耐えられるよう、かなり強靭に出来ているんだとか。

やせている人でも皮下脂肪が多いので、実は寒さにも強いらしい

渡辺氏もお若いときは、女性は寒さに弱いものと

思い込んでいたそうです。

雪山で転倒してしまった女性に、ご自身のヤッケ(上着)を貸してあげたのは良かったのですが、吹雪の中に2時間もいたため、翌日寝込んでしまったとか。

一方の彼女は風邪もひかず、翌日から学校に出ていたそう。

それにしてもその頃、女性の皮下脂肪があんなに多いのだと知っていたら、ヤッケを貸しはしなかったと思うのですが、すでに手遅れでした。

…清く美しい乙女の皆さん、これからは寒がりな彼を

ぜひ男らしく、優しく労わってあげましょうwine

※写真 メトロポリタン美術館(2011年に撮影)

|

なぜ人は芸術に興味を持つか

フィリップ:なぜ人は芸術に惹かれると思う?

ドリス:商売になるから?

フィリップ:違う。地上に残せる唯一の足跡だから

-映画「最強のふたり」より

大富豪で教養も豊かだが車椅子生活のフィリップと、

自由に動き回れるけれども、心も懐も寂しい黒人青年ドリスの会話

映画、音楽、小説

当の作者が亡くなった後でさえも

ずっと生き続ける芸術

Bench_2

 

生き続けるってどこに。

そうです こうして三月にいっぺんくらい書かれる謎のブログを読んでくださっているあなたの心に、です

昔、芥川龍之介サンが言ってました

自分が死んだ後も どっかの本屋に自分の本が

堆い埃にまみれながらも置いてあり

それをどっかの誰かさんが手にとって読んでくれたら

最高に幸せだなぁ、と。

何ていう本だったかなぁ

…<(_ _)>…検索中…

ありました! その名も「後世

時々私は20年の後、或は50年の後、或は更に100年の後、私の存在さへ知らない時代が来ると云ふ事を想像する。

その時私の作品集は、堆うづだかい埃に埋もれて、神田あたりの古本屋の棚の隅に、空しく読者を待つてゐる事であらう。

いや、事によつたらどこかの図書館に、たつた一冊残つた儘、無残な紙魚しみの餌となつて、文字さへ読めないやうに破れ果てゝゐるかも知れない。

しかし――
 私はしかしと思ふ。
 しかし誰かゞ偶然私の作品集を見つけ出して、その中の短い一篇を、或は其一篇の中の何行かを読むと云ふ事がないであらうか。

更に虫の好い望みを云へば、その一篇なり何行かなりが、私の知らない未来の読者に、多少にもせよ美しい夢を見せるといふ事がないであらうか。

 私は知己を百代の後に待たうとしてゐるものではない。

だから私はかう云ふ私の想像が、如何に私の信ずる所と矛盾してゐるかも承知してゐる。

 けれども私は猶想像する。落莫たる百代の後に当つて、私の作品集を手にすべき一人の読者のある事を。

さうしてその読者の心の前へ、朧げなりとも浮び上る私の蜃気楼のある事を。

Sunlight

| | コメント (4)

まほろ駅前多田便利軒

蝉の声を聞きながら

最近読んだ本のご紹介apple

「まほろ駅前多田便利軒」

Photo

直木賞受賞作って

娯楽としてはおもしろくないと思ってた

…(ρ_;)

すみません、私が間違ってました…

読書の秋とは程遠い、うだる夏のさなかでも

時間を忘れて読み耽る

810

東京のはずれに位置する都南西部の町、まほろ市

細事に溢れた日常が

グラデーションのように段々と、きな臭い雰囲気に変わっていく

(・ω・)?

という間に、日常がごく自然に、不思議な事件と絡み合っていく

本の内容はもちろん,装丁も良いです

LUCKY STRIKEが林立

本の装丁と、映画やドラマのBGMは似ている

物語の内容をほのかに暗示しつつも

決して饒舌になってはいけない

けれど、絶対に欠くことができない

そこに、静かに「ある」べきもの

まほろ市も、主人公も、謎の予言をする曽根田のばあちゃんも。

いつか主役の二人の便利屋と

まほろ市を軽トラで巡ってみたいbottle

Mahoro

| | コメント (12)

博士の愛した数式

静かだ、と博士がいうとき、そこにはきれいに盛りつけられた料理や

完璧な美しさをもって佇む数式がある

博士のいう「静か」な状態は、そこにあるのが当然で

あたかも最初からそこに存在していたかのような、

それぞれが何の矛盾もなく調和している状態

なのではないかな、と思う

 Greenroad

私はWebデザインなどを少々嗜んでおりますが、

写真や文字、背景の色などが、それぞれしんと佇み

「わたくし、最初からここにいますけれど、何か?」

とばかりにうまく調和してくれるときには、思わず

(・∀・)!

(新年早々変なのが;)

たとえそれぞれが強烈に個性的であったとしても、

組み合わせ方によっては

静かで、すてきなメロディをもった空間を創り出すことができる

(…といいなぁ~)

  ちなみに手作りのWebサイトはこちら(★年中冬仕様)

「博士の愛した数式」

よく乾いた冗談が利いていて、

ヨーロッパ映画みたい。

最後は本当に手が震える…ぐらい感動しました

みなさんご存じと思いますが、未読の方は

ぜひ読んでみてください♪

皆様にとって2011年が良い意味で静かな、

新しい楽しみがいっぱいの年になるといいですねbud

博士の愛した数式

 ※写真 北海道大学(札幌)

| | コメント (4)

声に出して読みたい日本語

Koyosky_4

むかし、大学の講義で

日本語に関する本を読んで感想を書く、

というような課題が出た

そのときちょうど人気を博していた

『声に出して読みたい日本語』を図書館で借りて読んでみる。

  こうした言葉は「日本語の宝石」、暗誦することによって

  その宝石を「身体に埋め込む」ことができると著者は言う。

  声に出し、身体で美しい日本語を覚えれば、意味はわからずとも

  潜在的な日本語の力を身につけることができる。

                       ~Amazonの説明~

暇をみつけては、入り込んで読んでしまうおもしろさ

下の記事の「落葉」も、この本に収録されてます。

本がおもしろかったので、課題はわりかし、さくっと書けました

秋の夜長にいかがmaple

声に出して読みたい日本語

斎藤孝先生著
草思社、2001年

| | コメント (2)

ある秋の詩

秋の日の ヴィオロンの

ためいきの 身にしみて

ひたぶるに うら悲し。

鐘のおとに 胸ふたぎ

色かへて 涙ぐむ

過ぎし日の おもひでや。

げにわれは うらぶれて

こゝかしこ さだめなく

とび散らふ 落葉かな。

   ポール・ヴェルレーヌ 「落葉」
   上田敏訳(『海潮音』より)

Koyo_14 

~訳者のことば~

仏蘭西の詩はユウゴオに絵画の色を帯び、

ルコント・ドゥ・リイルに彫塑の形を具へ、

ヴェルレエヌに至りて音楽の声を伝へ、而して又更に

陰影の匂なつかしきを捉へむとす。

 ポール・ヴェルレーヌの詩は本当に音楽のよう。

 「色かへて 涙ぐむ」のところで

 哀切に転調する

 バイオリンをヴィオロンと表現したとこも良い

 ヴィオローン

| | コメント (0)